こんにちわ。おかげさまで今日も元気です。
水戸市の某整形外科で働いてる僕の先輩が、
エピソードをくれたのでアップさせていただきます。
3.11当時、先輩は病院の別棟で患者さんとリハビリ中だったそうです。
揺れが大きくなるなか、とっさの判断で、一番に出口を確保し、
患者さんを外に避難させました。
でも、病院は整形外科。足が不自由な方もいっぱいいます。
1階はもちろん、2階でも3階でも、階段を上がって患者さんをおんぶして下まで降り、
また上がって…。足腰の強い、男性の若い看護師が少ないこの病院では、
元剣道国体選手のこの先輩が、患者を避難させるチームの中心となって動いていました。
そんな中、ある1人のおばあちゃんを運んだ時の出来事が、
すごい記憶に残っていると言ってました。胸が熱くなったと。
そのおばあちゃんは、80歳を超えるご長寿さん。
でも、足が不自由で、歩行は困難。
この時も、先輩におんぶされて外に避難し、
体温を下げないように布団にくるまっていたらしいんだけど、
ふいに、『ちょっと、おにいちゃん』と、先輩を呼び止めたらしい。
『どうしても取りたいものがある。もう一度病室に戻して』。
なんど断ってもなかなかひかず、お願い、と繰り返していた。
でも、状況的にそれは不可能です。
だから、『僕が取りにいきますよ。なにが欲しいんですか?』
と、聞いたところ、『ベットの脇にある手提げ」と答えたそうだ。
先輩が病室まで走り、手提げを取っておばあちゃんに渡す際、
ふと中身を確認すると、
中に入っているモノはたった二つだけ。
旦那さんの位牌と、息子家族の写真だった。
孤独な入院生活のなかで、病室に写真を飾る人は少なくないと聞いた。
このおばあちゃんも、亡くなったご主人の傍にいたいという気持ちと、
大切な息子家族の写真をおいていくことに、かなり不安を覚えたんだと思う。
震災の時ほど、『やっぱり家族』って事を感じたことはありません。
震災をきっかけに、数十年ぶりに家族全員で食卓を囲んだって話も聞いてます。
大学だったり仕事だったり結婚だったりで、いつかは家を離れるけど、
原点は、ソコだということ。地震がなかったら一生気づかないで過ごしてたかもしれないね。
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